台風が過ぎた翌朝は、たいてい静かです。
風の音が消えて、空が高くなって、何ごともなかったように見える。けれど誰も住んでいない家では、その静けさのなかで、屋根の上だけが変わっていることがあります。
瓦が一枚、ずれている。地上からは分かりません。半年たって、天井にシミが広がってはじめて気づく。そういうお宅の話をうかがったことがあります。
台風の傷みは、倒れた木や割れた窓のような、分かりやすい形ばかりではありません。空き家でやっかいなのは、小さな傷みほど、気づく人がいないまま季節を越してしまうことです。
9月は、台風の上陸がいちばん多い月です
気象庁の平年値(1991年から2020年の30年平均)では、9月の台風の発生数は5.0個、日本への接近数は3.3個、上陸数は1.0個。上陸数でみると、1年のうちで最も多い月です。夏の暑さがようやくゆるむころに、風のいちばん強い季節が来ます。
京都や長岡京は海から離れていますが、風が弱いとは限りません。風は地形や建物の並びで強められたり、向きを変えたりします。同じ町内でも、この家だけ雨戸が外れていた、ということが起こります。
「うちのあたりは大したことがなかった」という感覚と、家に実際に起きたことは、必ずしも一致しません。台風が離れて空が晴れたら、一度見にいく。それが、いちばん確かです。
屋根には、登らないでください
先にひとつだけ、お願いがあります。台風のあとの屋根に、ご自分で登らないこと。
濡れた瓦やスレートはよく滑ります。風で浮いた金属の板は、踏んだ瞬間に足元から外れます。ずれた瓦に体重をかければ、そこで割れます。確かめにいったつもりが、屋根をもう一段傷めてしまうこともあります。
見るのは、地面からで足ります。少し離れて家全体を見上げ、屋根の面をゆっくり追う。双眼鏡があれば心強く、なければスマートフォンのカメラでズームして撮っておけば、あとから拡大して確かめられます。2階の窓から見下ろせる面、お隣の敷地から見える角度も手がかりになります(隣家からのぞくときは、ひと声かけてから)。
外まわりで見ておきたいところ
歩きながら、次のあたりに目を向けてみてください。
- 瓦やスレートのずれ、割れ、抜けている一枚
- 屋根のてっぺんを覆う棟板金の浮き、反り、釘の抜け
- 雨樋の外れや傾き、落ち葉と小枝の詰まり
- 雨戸・シャッター・網戸の外れ、窓ガラスのひび
- テレビアンテナの傾き
- カーポートの屋根、フェンス、物置
- 敷地に落ちている瓦の破片やトタン、飛んできたもの
- 折れた枝、傾いた庭木
地面に瓦の破片が落ちていたら、屋根のどこかが欠けている合図です。そのまま踏まないよう、写真を撮ってから安全な場所へ寄せておきます。
雨樋は、台風のあとに詰まりやすい場所です。あふれた雨水は外壁や基礎を伝って、家の弱いところから傷めていきます(夏のあいだに、空き家を一度見にいきませんか)。
もうひとつ、お隣も見ておきたいところです。飛んでいったものが、隣の車や屋根、フェンスに当たっていないか。こちらが先に気づいてお伺いを立てられるかどうかで、そのあとの関係はずいぶん変わります。
家のなかは、天井と壁のシミを見る
雨漏りは、屋根の傷んだところの真下に落ちてくるとは限りません。入った水は野地板や梁を伝って、離れた場所から染み出します。ですから室内は、部屋ごとに天井を一周見るつもりで。
- 天井や壁紙のシミ、輪のような色の変わり方
- 押し入れやクローゼットの奥の湿り、におい
- 窓まわりやサッシの下の濡れ跡
- 床の変色、踏んだときの沈み
跡は、乾いてしまうと見えにくくなります。雨が上がってあまり日をおかないうちに見ておけると、いちばん分かりやすい状態で確かめられます。
閉め切った家は湿気がこもるので、確認のついでに窓を開けて風を通し、蛇口とトイレの水を流しておきます。空き家をたもつ手入れとしては、こちらが土台にあたります(空き家の管理は、なぜ大切なのか)。
写真は、その日のうちに
見つけたものは、その場で撮っておきます。理由が3つあります。
ひとつは、り災証明書です。住まいの被害を市町村が証明する書類で、支援の窓口で求められることがあります。申請には被害の分かる写真が要り、被害が軽い場合は申請者の撮った写真で判定する方式を設けている自治体もあります。損傷したところの寄りと、建物の外観を四方向から。日付が分かる形で残しておくと確実です。申請の窓口や必要書類は市町村ごとに違うので、家のある自治体に確かめてください。
ふたつめは、火災保険です。台風による損害は、風災の補償で受けられる場合があります。保険金を請求する権利は、行使できるときから3年で時効にかかると法律で定められています(保険法第95条)。ただし、期限の前に別の壁があります。時間がたつほど、その傷みが台風によるものか、長年の経年劣化によるものかの区別がつきにくくなることです。半年後に見つけた雨漏りは、原因を説明するのがむずかしくなります。
空き家の火災保険には、もうひとつ気をつけたい点があります。住まいとして使っていない建物は「一般物件」として扱われ、住宅物件とは保険料も補償の範囲も変わることがあります。相続で引き継いだままの契約だと、今の家の使い方と合っていないこともあります。台風のあとに慌てて調べるより、落ち着いているうちに保険証券を出して、代理店か保険会社に確かめておくと安心です。
みっつめは、次に見にきたときの比べる相手になることです。シミが広がっているのか、そのままなのか。写真が一枚あれば、記憶に頼らずに済みます。
訪ねてくる業者に、その場で返事をしない
台風のあとには、「近くで工事をしていて、お宅の屋根がずれているのが見えた」と訪ねてくる業者がいます。点検は無料です、火災保険を使えば負担なく直せます、と続きます。
国民生活センターには、こうした災害に便乗した勧誘の相談が寄せられています。屋根の無料点検を受けたあと、そのまま高額な工事の契約に至ったという相談。「経年劣化で壊れたところも保険でできる」と持ちかけられたという相談。契約を解約したいと申し出たところ、契約より前に張られたブルーシートの代金を請求されたという相談もあります。実際とは違う理由で保険金を請求することは、してはいけません。
その場で契約しない。屋根に登らせない。書類にサインしない。訪問販売の契約には、法律で定められた期間内であればクーリング・オフができます。判断に迷ったら、消費者ホットライン「188」に電話すれば、近くの消費生活センターにつながります。
空き家はふだん人がいないぶん、話が知らないところで進むことがあります。心当たりのない工事の話が出てきたら、いったん止めて確かめてください。
見にいけない台風のあとは、代わりに
一輪の「空き家やさん」では、京都・長岡京を中心に、見回りと清掃で空き家を傷ませない状態にたもつお手伝いをしています。
台風のあとも、やることは変わりません。屋根まわりと外まわりを地上から確かめ、室内の雨漏りの跡と湿気を見て、換気と通水をして、写真付きでご報告します。季節が変われば見るところも変わります(空き家の水道管が凍る前に、見ておきたいところ)。
遠方にお住まいだと、台風のニュースが流れるたびに落ち着かないものです。次の朝、誰かが見にいっている。それだけで、ずいぶん違うはずです。
瓦一枚のずれは、そのときに見つかれば、瓦一枚の話で済みます。半年たてば、天井と壁の話になります。家をまもるというのは、その小さな差を重ねていくことなのだと思います。
この秋の一度を、一緒に考えさせてください。